私には、いわゆる「リア友」がいない。
経緯は省くが、一度社会から完全に距離を置いたことで、生身の交流から生まれた友好関係が、かれこれ数年単位で無い。とはいえ別段困ることもなかった。これは一度完全に人間関係を断ったことのある人になら分かってもらえると思うのだが、「誰とも会わない」は無理だとしても、「誰とも密接に関わらない」という生活は、意外と何とかなる。私がまだ少年だったからかもしれないが。
友好関係というものは、無いなら無いで、慣れてくるとさながら「最初からそんなものはありませんでした」という感覚に至る。そうなってしまえばあとはもう楽なもので、人との関わりを渇望し、温かみを求め、恋に焦がれる、なんてことは一切なくなる。その方面に割くエネルギーを節約することができる。私は数年の間、まさしくそのような状態の中にあった。元気はないが、元気がなくてもまあ何とか生きていけている、というくらいのコンディションで過ごしていた(エネルギーを削減しないと生きていけないほど弱っていた、という可能性も大いにあり得るが……)。
転機が訪れたのは2023年春。私は生大喜利デビューを果たした。地元近くで行われた小さな会で、そこには名前すら存じ上げないような方々が沢山いらしていたが、中にはインターネット上で名前を知っていて、それなりに関わりのある方もいた。
そこから、数年ぶりに生身の人間との交流が再開された。知り合ったきっかけがインターネットなので「リア友」とは言い難いが、かなり対面のコミュニケーションが多いため、「ネッ友」として片付けるのはあまりにも素っ気なさすぎる。一般的な視点から見たら恐らく奇妙で、それでいて当事者にとってはとても快適な関係性。そんな印象を覚えた。いつしか顔見知りが増えていく。私は大抵の場合、2回ほどご一緒しないと顔と名前を一致させることができないのだが、何回もお会いする方が多いのでその心配も少しずつ薄れていった。
ふとしたタイミングで気づく。友達って、いなくても良いけど、いた方が良いな。
親でもおかしくないような年齢の方から、小学校の6年間ですら被ることのないような若い方まで、幅の広い年齢層の人々が共通の趣味に興じる界隈にあって、私はいつしか人との関わりを渇望し、温かみを求め、恋に焦がれるようになっていた。人は変われば変わるものだ。
祭りに行ったり、大きな書店を巡ったり、動物園や美術館の展示を観たり、といった大喜利以外のことを、大喜利で繋がった方々としてきた。大喜利をしていなければあり得なかったことだ。そういったアウトドアなことに限らず、オンラインでできるクイズや読書会も、一度実際に会って交流が生まれた方々がいたからこそ参加できたものばかり。LINEでの連絡だってそうだ。通知が来るのは家族か公式アカウントのどちらかでしかなかった私が、いつしか通知音が鳴るたびに心を躍らせ、クーポンのお知らせだったと気づくたびに軽く落ち込むようになっている。
最近は少し活動に疲れ、色々思うこともあって、この界隈に居続けるのはいかがなものかと考えることも増えてきた。それでも、私は完全に撤退することは無いだろうなと思う。2023年のあの日、意を決して大喜利会に参加しなければ辿り着けなかった未来に私はいる。それは最早大喜利なしには成立せず、時折嫌になって離れようとしたとしても、きっと何やかんやで戻ってきてしまうのだろう。寧ろそれくらいが健全なのかもしれないとすら思う。
「若手」と称される、生大喜利3年目の期間が間もなく終わる。その日を境に数字以外の何かが明確に変わるわけではないけれど、それでも今まで以上にやれることは増やしていきたいと思っている。それは大喜利における発想や技法の面に留まらず、私がこれまでに授かってきた恩恵をいかにして還元できるか、という意味も含んでいる。
そのためにも、この界隈は常に温かく、また健全なものであってほしいと願ってやまない。友達と友達で居続けるためにも。
